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播磨坂の桜と石川啄木終焉の地

播磨坂に到着しました。

折角の花見なのに非情な雨。

播磨坂、道路の中央部分が公園遊歩道、桜祭り開催中。

傘をさして、花見に出発です。

尚この道路は昭和35年に整備された環状3号線の一部で、その折植えられた桜120本が成長しました。

地名の由来は江戸時代ここに松平播磨守の上屋敷が存在した事によります。

公園遊歩道。

桜祭り開催中ですが、降雨で花見客は皆無。

公園には色々なモニュメントが。

平和のシンボル鳩。

雨に濡れる母子像。

ヌード像、居るのは私達だけ。

播磨坂の看板。

多くのボランティア団体により守られてきました。

雨に霞む播磨坂、せせらぎが流れています。

道案内板が出て来ました、桜並木も終点です。

次は石川啄木終焉の地を訪ねます。

石川啄木終焉の地。

播磨坂より1本奥まった露地に入ると、ひっそりと小さな石碑が建っています。

啄木終焉の地を示す石碑です。

啄木はこの地で、明治45年4月3日に亡くなりました、26才の若さでした。

歌碑には啄木最後の歌2首を、直筆原稿を陶板にして嵌め込まれています。

”呼吸すれば 胸の中にて鳴る音あり 凩よりもさびしきその音”

”眼閉づれど 心にうかぶ何もなし さびしくもまた眼をあけるかな”

石碑の横、文京区高齢者施設の1階、1坪程の部屋が啄木顕彰室となっています。

啄木の足跡を写真、年表、この地から送った手紙等で展示しています。

これは年表。

婚約時代の啄木と節子。

最後の歌、直筆原稿。

歌碑と最後の歌の解説。

この地で書いた山本千三郎・とみ子宛手紙解説。

同上手紙と現代語訳。

これで今回のスケジュールは全て終了、昼食場所に向います。



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