Japan 中野区立歴史民俗資料館へお雛様を見に行った帰りにフクローのカフェへ♪
沼袋の町にはこんな妖怪みたいなのもいてこわいよ~~。
ちいかわの鬼辛カレーって?
おや?これはなにかしら?フクローがいるの?
HOOTって何だらう?あとで寄ってみやう。
駅徒歩8分ですからね、まもなく到着!
名誉都民である故・山崎喜作氏が1984年に寄贈した2600㎡の土地に建設され1989年に「山崎記念 中野区立歴史民俗資料館」として開館したさうです。
入場無料 月曜休館
中野区も昔はこのやうな風景だったやうです。
唐辛子婆はかういった絵を見るのが大好きなのでしばし立ち止まる。
さて、この歴史館は参加型となっているらしく注意書きが
「触らないでね。」ぢゃなくて「きれいな手で触ってね。」
となっているのがとっても好もしい。
おてて洗いに行かなくちゃね。
「私たちは別に触ってほしいわけではありませぬが」
「これこれそのやうなことを申すでない。」
いろんなことしてお雛様を楽しめるやうです。
これは多分、紙芝居
もちろん「なりきりおひなさま」もあります。
これはミニチュアセット。小さなものはなんでもかわゆい。
唐辛子婆も152㎝から150㎝になったが。
(←何アホなこというてんね?)
おひなさまの調度品
「雛段に飾る人形や調度品は、何をどれだけ飾るかというきまりはありませんが、嫁入り道具を基準に食器類、化粧・裁縫・楽器・家具・茶・遊具類、牛車、駕籠などが選ばれています。大正時代以降、雛飾りが5段飾り、7段飾りとセットにして売り出されるようになるまでは、人形や調度品はひとつひとつ買い求めていました。
江戸初期の雛飾りは、調度数も少なく簡素な屏風・絵櫃・椀等の食器が主でした。一般の家庭では、貝殻に食べ物を盛って捧げたりもしていました。一方、大名家などでは婚礼調度をそのまま小さくした、華美で精巧な作りの雛道具をあつらえるようになります。江戸では数か所で雛市たち、特に十軒店の雛市は、大盛況だったといいます。(説明書きから抜粋)
「雛祭りの始まりは、今から千年以上もさかのぼります。
平安時代、3月最初の巳の日に、紙で作った人形を撫で、災いをうつして水に流す上巳(じょうし)の節句が行われていました。
同じ頃、宮中には源氏物語にも描かれた”ひいな遊び”と呼ばれる、おままごとのような人形遊びがありました。雛祭りは、この2つがむすびついたものといわれています。
最初の頃は、雛祭りとは言わず、雛遊びと言われていました。
敷物や台の上に立雛と呼ばれる立ち姿の雛と、銚子や盃を飾り、ごちそうやお菓子を並べました。やがて立雛から室内に飾るための座り雛に変わり、衣装も豪華になり、人形の種類も増え、3段5段と段飾りにするようになります。
このように3月3日の年中行事として庶民の間にも広がり、現在に近い形になったのは、江戸時代になってからのことです。」(説明から抜粋)
この子はお獅子を持って遊んでいる。
「公爵家の雛段飾り
毛利家の息女(明治33年生まれ)が大正11年(1922年)に公家の家柄である子爵愛宕家に嫁いだ際に持参したものです。毛利家は元長州藩主で、蒔絵の重箱にも、毛利家の家紋が見られます。
二対ある内裏雛は、向かって右側が古今雛、左側が公家の装束を正確に写した有職雛に近い人形です。
3段目には雅楽を演奏する雅楽五人衆が飾られています。
内裏雛の両脇の稚児は明治天皇の皇后からいただいたものと伝えられています。」
この五人囃子の表情が面白いのよ。
このあたりは
真面目なんだけど
うふふと思いだし笑い。
舌だしてる。
まったくちょっとは真面目な顔してくれてないとなあ。
と静かに怒っている明治11年の方
ホントよね。
私達を何だと思っていらっしゃるのかしら?
ま・まあ、高貴の者はそんな顔をしてはいけないのだよ。
舌切り雀のお人形って初めて見るかも。
弁天様が日本の神様ぢゃないと知ったのはつい最近(今年のお正月の七福神巡り)になってから。
これは明治42年の作のやうです。
高砂
あらら珍しや「小鍛冶」まであるわ。(大正から昭和初期)
謡曲で刀鍛冶が刀を作るのを狐に助けてもらうストーリーです。
胡蝶の舞(大正11年)
ああ、面白かったわねえと楽しんで歴史館をおいとまします。
帰りにここに寄ります。
「HOOTはフクロウの鳴き声だということがわかったわ。」
SZKさんがすぐに調べてくれて。
まだグランド・オープンしたばかり。
「10羽のフクロウがいてその日の調子にあわせて2羽きてもらうことにしています。」
ガラス越しなのできれいに撮れませんでしたが
ゆったりしてるのと
ものすんごい目つきでキョロキョロしてるのと。
何て気持ちよささうにお昼寝してるの!
と思ってよくよく見たら左目は眠ってないみたい!
小ぶりのピザをとコーヒーをいただきます。おいしい。
フクロウのビールもあるのね!今度いただいてみたい。
駅のそばまで戻ったら「あ、この町名思いだしたわ!この辺りだったのね!私の親戚の家は。」SZKさんの若かりし頃のゆかりの地。もう一度訪れませう。
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